介護中の本人の気持ちを尊重する
なぜ本人の気持ちを尊重することが介護の基本なのか
「もう自分で決められないだろう」「認知症だから分からないはず」—こうした思い込みが、介護を受ける本人の尊厳を奪っていることに気づいていますか?厚生労働省の調査によれば、要介護者の約70%が「自分の意思が尊重されていない」と感じているというデータがあります。

介護を受ける立場になると、日常の小さな選択肢さえも奪われがちです。着る服、食べる物、過ごし方—これらは私たちが当たり前に行っている「自己決定」の積み重ねです。この当たり前が失われたとき、人は尊厳を傷つけられ、生きる意欲さえ低下することがあります。
本人の意思確認はどのように行うべきか
「どうしたいですか?」と単純に聞くだけでは、本当の気持ちを引き出せないことがあります。特に認知機能が低下している場合は、選択肢を視覚的に示したり、ゆっくりと時間をかけて確認することが重要です。
例えば、83歳の田中さんは言葉での意思表示が難しくなっていましたが、介護者が「お風呂に入りますか?」と声をかけながらバスタオルを見せると、表情が明るくなって頷くことがありました。非言語コミュニケーションも含めた「全人的な観察」が意思確認の鍵となります。
選択支援の具体的な方法
本人の意思を尊重する選択支援には、以下のポイントが効果的です:
– 選択肢を2〜3つに絞る:多すぎる選択肢は混乱を招きます
– 視覚的な手がかりを提供する:実物や写真を見せながら質問する
– 十分な時間を確保する:急かさず、反応を待つ姿勢が大切
– 過去の好みを参考にする:生活歴から本人の価値観を推測する

国立長寿医療研究センターの研究では、意思決定を尊重された高齢者は、そうでない高齢者と比べてADL(日常生活動作)の維持率が1.5倍高いという結果も出ています。本人の気持ちを尊重することは、単なる倫理的配慮ではなく、介護の質と効果を高める実践的アプローチなのです。
介護における「自己決定権」の重要性と意味
介護を受ける人の意思決定権とは
介護において最も大切なことの一つが、介護を受ける本人の「自己決定権」を尊重することです。自己決定権とは、たとえ身体的な制約があっても、自分の生活や医療に関する決断を自分自身で行う権利のことです。厚生労働省の調査によれば、要介護者の約78%が「できる限り自分で決めたい」と考えているにもかかわらず、実際には約40%しか希望通りの選択ができていないという現実があります。
なぜ自己決定権の尊重が重要なのか
自己決定権を尊重することには、以下のような重要な意義があります:
– 尊厳の維持:自分で選択できることは、人としての尊厳を保つ基本です
– 生活の質の向上:自分の好みや価値観に合った選択ができると、生活満足度が高まります
– 心理的健康の維持:自己決定の機会が奪われると、うつ状態や無気力になりやすいことが研究で示されています
Aさん(83歳)の例では、デイサービスの利用を家族が決めたところ強い拒否反応を示していましたが、複数の施設を一緒に見学し、本人に選択権を与えたところ、積極的に通うようになりました。この事例は、選択の過程に参加することの重要性を示しています。
意思決定を支援する具体的な方法
介護者が取り組むべき意思確認と選択支援の方法には以下があります:

– 複数の選択肢を提示する(「AかBか、どちらがいい?」という形で)
– 十分な情報を分かりやすく伝える
– 決断を急がせず、考える時間を与える
– 非言語的なサインも含めて気持ちを読み取る努力をする
日本老年医学会の調査では、意思決定支援を丁寧に行った介護現場では、利用者の精神的健康度が約35%向上し、介護者との関係性も改善したというデータがあります。本人の気持ち尊重は単なる理想ではなく、介護の質を高める具体的な手段なのです。
本人の気持ちを知るための効果的なコミュニケーション方法
相手の立場に立った「聴く」技術
介護において本人の気持ちを知るためには、単に会話するだけでなく、効果的に「聴く」技術が不可欠です。認知機能が低下していても、自分の意思や希望を持っていることを忘れてはいけません。2019年の厚生労働省の調査によると、要介護者の約78%が「自分の意思をもっと尊重してほしい」と感じているというデータがあります。
まず大切なのは、急かさずゆっくりと話を聴く姿勢です。高齢者は言葉を選んだり、考えをまとめたりするのに時間がかかることがあります。会話の際は以下のポイントを意識しましょう:
– 目線を合わせ、相手のペースに合わせる
– 相槌や頷きで「聴いている」ことを示す
– 質問は一度に一つだけ、答えやすい簡潔な問いかけを心がける
– 「はい・いいえ」で答えられる選択肢を提示する
非言語コミュニケーションの活用

言葉だけでなく、表情や仕草からも多くの情報を読み取ることができます。特に認知症が進行している場合、言語能力が低下していても、感情表現は残っていることが多いのです。国立長寿医療研究センターの研究では、言葉によるコミュニケーションが困難な高齢者でも、表情や身体言語から約65%の意思疎通が可能だとされています。
効果的な非言語コミュニケーション方法:
– 表情の変化に注目する(特に喜び、不快、痛みなどの反応)
– 手や体の動きから関心や拒否の気持ちを読み取る
– 声のトーンや大きさから感情状態を推測する
– 写真や絵、実物を見せて反応を確認する
実際のケースでは、言葉で「大丈夫」と答えても表情が曇っている場合は、本当の気持ちが異なる可能性があります。自己決定を支援するためには、このような非言語サインを見逃さず、真の意思確認に努めることが選択支援の第一歩となります。
認知症でも可能な意思確認と選択支援のテクニック
認知症の方との意思確認の基本姿勢
認知症があっても、その方の意思や好みは存在し続けます。東京都健康長寿医療センターの調査によれば、中等度の認知症の方でも、約70%が自分の好みや選択を何らかの形で表現できることがわかっています。大切なのは、私たちが「理解する努力」をすることです。
- 選択肢を限定する:「何が食べたい?」ではなく「パンとご飯、どちらがいい?」と具体的に
- 視覚的な手がかりを使う:言葉だけでなく実物や写真を見せながら選んでもらう
- 十分な時間を確保する:急かさず、ゆっくりと考える時間を与える
非言語コミュニケーションからの意思読み取り
言葉でうまく表現できなくても、表情や仕草、声のトーンなどから多くの情報を読み取ることができます。認知症ケア専門士の調査では、介護者が非言語サインに注意を払うことで、被介護者の満足度が約40%向上したという結果も出ています。
「母は言葉が出にくくなっていましたが、好きな音楽をかけると表情が明るくなり、手拍子をすることがありました。言葉以外の反応を見逃さないようにしたことで、母の好みや気持ちをより理解できるようになりました」(65歳・娘さんの事例)
意思決定支援のための環境づくり
自己決定を支援するためには、環境も重要です。認知機能が低下していても、適切な環境があれば選択の幅は広がります。
- 静かで落ち着ける空間を作る(雑音や刺激を減らす)
- 本人のペースを尊重し、焦らせない時間配分
- 朝など比較的調子の良い時間帯を選ぶ
- 選択の結果をすぐに実現して、自己決定の喜びを感じてもらう

気持ちの尊重は介護の基本です。たとえ認知症が進行しても、その人らしさや好みは残り続けます。日々の小さな選択から、その方の意思を大切にする姿勢が、尊厳ある介護の第一歩となるのです。
家族の思いと本人の希望が異なる場合の調整法
家族の思いと本人の希望が異なる場合の調整法
介護の現場では、家族の安全や健康を優先する思いと、本人の自由や尊厳を重視する希望が衝突することがよくあります。厚生労働省の調査によれば、要介護者の約65%が「できる限り自分で決めたい」と望む一方、家族介護者の78%が「安全を最優先したい」と考えているというデータがあります。
対話の場を設ける工夫
本人と家族の希望が異なる場合、まずは定期的な「家族ミーティング」を設けましょう。この際、重要なのは本人を中心に据えること。話し合いの場では以下のポイントを意識します:
- 中立的な第三者の同席:ケアマネジャーや医療専門職など、専門的知識を持つ人に同席してもらうことで、感情的にならず客観的な視点を取り入れられます
- 段階的な合意形成:すべてを一度に決めようとせず、小さな合意から積み上げていく方法が効果的です
- 選択肢の工夫:「〇〇か××か」という二択ではなく、複数の選択肢を用意することで妥協点を見つけやすくなります
リスクと自己決定のバランス
「転倒の危険があるから外出させたくない」という家族の思いと「自由に外出したい」という本人の希望。このような場合、リスクを最小化しながら本人の自己決定を尊重する方法を探りましょう。
実際のケースでは、GPS機能付きの端末を持ってもらう、特定の時間帯だけ外出する、見守りサービスを利用するなど、双方が納得できる折衷案を見つけることが重要です。
専門家の介入を求める
対立が深刻な場合は、地域包括支援センターや意思確認に詳しい専門家に介入を依頼することも一案です。家族だけでは感情的になりがちな問題も、専門家が間に入ることで冷静な選択支援が可能になります。
最終的には、本人の気持ち尊重を基本としつつも、家族の負担や現実的な制約とのバランスを取ることが大切です。介護は完璧な正解がない旅路です。互いを思いやり、対話を続けながら、その時々のベストな選択を模索していきましょう。
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